どんぶりからはみ出さんばかりのかき揚げに目を奪われる「新橋 別製かき揚げ丼」1,600円。
鹿児島市武之橋近くに店を構える「天ぷら 新橋」の名物で、2人に1人が注文する看板メニューです。
揚げ場に立つのは、二代目店主の上原由美さん(49歳)。
たっぷりのタカエビと貝柱、三つ葉を衣で包み、油の中で何層にも重ねながら成形していくのは、熟練を要する職人技。
このボリュームこそが名物たる所以で…
店主の母・初美さん特製のたれが、さらに食欲をそそるんです。
継いで10年間は悔しさ度々
「天ぷら新橋」は、東京の老舗天ぷら店「橋善」で20年以上働いてきた由美さんの両親が1974年に始めたお店。「江戸時代から続く老舗の味を鹿児島の人にも味わってほしい」と橋善の味を忠実に守ってきました。
そんな名店を由美さんが継ぐことになったのは、料理人である父・隆さんの病気がきっかけでした。
「二人姉妹で、姉も私も跡を継ぐ気はなかったんです。でも姉は結婚していて私は独身ということもあって、友達や会社の先輩から『老舗の味を絶やすのはもったいない。あなたならできるよ』と言われるうちにその気になっちゃって…。会社をやめて店に入ることにしました」
闘病中の父親に天ぷら職人としての基礎を学んだものの、由美さん自身も結婚・出産・子育ての時期と重なり、修業半ばで隆さんが他界。16年前から一人で揚げ場に立つ生活が始まりました。
父・隆さんの揚げる天ぷらに惹かれてやってくる常連さんが多かっただけに、厳しい言葉をかけられることも度々だったそう。
「最初の10年は『まだまだだね』とか『お父さんの味には全然かなわんね』とか随分言われました。そんな時は悔しくてしょうがないんですが、クレームではなく、常連さんからの叱咤激励だと思って続けてきました。元々、次の日まで引きずらない楽天的な性格だったのが良かったんでしょうね」
父親の味を追い続けるうち、「最近では嬉しい言葉をかけられることが増えたんです」と由美さん。
「昨日も久しぶりに来てくださった常連さんが『また腕を上げたな』とおっしゃってくださったんです。やっと認めてくださるレベルになったのかな、と嬉しかったですね」
78歳の今なお、娘と一緒に店を切り盛りする初美さんも、先代の味を誰よりも知っているだけに「最近はお父さんの味を超えてきましたよ」と目を細めます。
もちろん、コロナ禍の今年は4月以降客足が伸び悩み、厳しい毎日。それでも由美さんは持ち前の明るさで、常に前向きです。
「確かに大変な一年でしたが、お客さんや友達がLINEやインスタでPRしてくれたり、テイクアウトを利用してくれる方も多くて、本当にこのお店は優しい方たちに支えられてるなあ、と人の温かさを感じることが増えました」
応援の輪が自然と広がっていくのは、老舗の味というだけでなく、二人のファンという人が多いからなんでしょうね。
いつ行っても心和む雰囲気が心地いい「天ぷら新橋」。母娘の思いがぎゅっと詰まった「別製かき揚げ丼」をぜひお試しあれ!