2022年は元気と笑顔のお裾分けができるように、新しい分野にも挑戦する!
そう心に決め、2022年1月23日に鹿児島市宇宿の一角で週末だけの軒先焼き芋屋を始めることにした私。その新しい挑戦に欠かせない相棒が、黄色いかまど「POT COOK」です。
かまどの中で炭をおこし、お芋と炭火の加減を微妙に調整しながらじっくり焼くこと1時間半。炭火の遠赤外線の力とお芋本来の力で、しっとり柔らかな甘い焼き芋が出来上がります。
それにしてもなぜ、週末だけの焼き芋屋を始めようと思い立ったのかー。
いつもは鹿児島県内で新しい取り組みを始めた女性の方々を取材し、お伝えしていますが、今回は少しばかり私自身の焼き芋屋オープンの舞台裏をお伝えしようと思います。
サツマイモの本場で私ができること
もともと焼き芋が大好きで、家でオーブンや焼き芋器を使ってお芋を焼いては一人楽しんできた私。
このメディアでも何度も焼き芋に関する話題を取り上げてきましたが、家族に焼き芋を振る舞うたび、「そんなに好きなら焼き芋屋さん、やればいいのに」。そう言われ、「数年後に始められるといいよね」と漠然とした憧れを抱いていました。
ところが、気づけば、今や全国各地で空前の焼き芋ブーム。移動販売の焼き芋屋さんが人気となり、コンビニでは当たり前のように焼き芋が売られています。
焼き芋ブームを牽引しているのは、焼くことでねっとりした食感と甘さが際立つ「紅はるか」と、シルクのような滑らかさが魅力の「シルクスイート」。2010年に紅はるか、2012年にシルクスイートが新品種として誕生し、全国に栽培が広がったことで空前の焼き芋ブームが生まれました。
一方、私が暮らす鹿児島県はサツマイモ発祥の地であり、サツマイモの収穫量もダントツの日本一。
それなのに、サツマイモがあまりにも身近すぎる食材だからなのか、全国で見られるような焼き芋ブームの熱気は感じられません。
全国的なブームを遠目に見ながら感じる歯がゆさ、もどかしさ…。
今、こんなにも焼き芋が注目され、全国各地で焼き芋屋を始める方が大勢いるというのに、鹿児島で暮らす私はじっとしていていいんだろうか⁉︎
動くなら数年後じゃなくて、今でしょ!
というわけで、本業との兼ね合いから週末だけの焼き芋店を始めることにしたのです。
もう一つの思いは
「やりたいことを先延ばししない」
実はもう一つ、私の心を突き動かしたのは、母との突然の別れがありました。
いつも笑顔で社交的。そして「元気に長生きしたい」が口癖だった母が突然病に倒れ、闘病生活に入ったのは昨年春のこと。「顕微鏡的多発血管炎」という国の難病に指定されている病気で、私たち家族も周囲の人も誰一人耳にしたことのない病でした。
病気の進行が非常に早く、入院した時にはすでに重症。それでも「絶対元気になるからね」と過酷な治療にも常に前向きで、周りの私たちが励まされるほどでした。
しかし願いはかなわず…。
発症からわずか3カ月、77歳で母はこの世を去りました。
いつだって家族を思い、私の仕事もプライベートも一番に応援してくれていた母。鹿児島マラソンで私が走る時はお手製のプラカードを用意し、何箇所も移動しながら応援してくれたものです。
まさに家族みんなの応援団長。そんな心強い存在だっただけに、母を失った喪失感はとてつもなく大きく、なかなか前を向いて動き出すことができなくなりました。
同時に気づかされたのは「女性の平均寿命は87歳まで延びているけれど、明日、そして来年が当たり前に来るとは限らない」という当たり前の事実。
人生100年時代が叫ばれ、長いスパンで人生設計を考えがちですが、今自分がやりたいことの優先順位を見極め、やりたいことを先延ばししない生き方をしていこうー。
そう思えた時、「今やりたいこと」で真っ先に浮かんだのが、焼き芋でした。
「一歩一歩」の願いを込めて…
食欲がない時でも食べられ、頬張るとじんわり優しい気持ちになれる焼き芋。
「今やりたいこと」で真っ先に焼き芋を思い浮かべたのも、心も体も元気をなくした時、毎日のように焼いては食べ、家族も喜んで食べてくれる姿を見るうち、少しずつ悲しみが癒えていったからなのだと思います。
焼き芋で元気を取り戻せたからこそ、今度は私がじっくり焼き上げたお芋を手渡しし、青空の下でおしゃべりを楽しみながら笑顔の輪を広げたいー。
そんな願いを込めて、鹿児島市宇宿の街の一角で、小さな小さな一歩を踏み出そうと思います。
Instagram @yakiimo.marche_hopp